近年よく見るようになった電車の車体広告。首都圏の鉄道であれば、平日の通勤時間帯はかなりの人数の目に触れる。鉄道利用者はもちろんのこと、鉄道の沿線を通行する人にも目に触れる事となり、その宣伝効果は計り知れない。

最近目立ってきている電車の車体広告であるが、その歴史は意外と古い。1964年(昭和39年)に長崎電気軌道の路面電車で実施されたのが、日本で始めてだと言われている。

特に、車体広告で経済的効果が大きいとして注目されたのは、2000年(平成12年)に東京都交通局(東京都営バス)において導入されたものである。東京都営バスでは、当初は脇見運転の誘発や景観破壊の懸念などの意見もあったが、審査委員会の事前審査という条件の下で実施が開始され、都電荒川線・都営地下鉄も含め一定の収支改善の効果を上げている。

東京都では2000年4月に屋外広告物条例を改正、地上を走る電車では表面積の10%までの広告が許容されるようになった。その後、横浜、川崎、千葉、名古屋、大阪、神戸、福岡等の大都市の公営・民営の公共交通機関でも実施されるようになり、車体広告の電車を見る機会も増えてきた。

 


山手線の車体広告
ファスナーで有名なYKKの広告。最近の車体広告には、単に広告を貼り付けるだけでなく、電車の形状を生かして工夫された広告が増えている。この写真の広告は、ドアが開く部分にファスナーを配して、ドアの開閉に合わせてファスナーも開閉するように見えるようになっている。

さて、この車体広告はどうやって描かれているのか。過去車体広告は塗装により描いていた時期がある。そのため、施工に多大な手間がかかり、短期間の広告には不向きであり、またデザインにおいても制約が大きかった。しかし、1995年頃からフィルムを使う方法が普及してきたため、その制約はなくなった。

フィルム貼り付け式の広告は、まずあらかじめ粘着フィルムに広告を印刷し、そのフィルムを車体に貼り付ける。塗装に比べて施工が容易であり、契約終了後の撤去作業も容易であるため、イベントや新製品などの短期間の広告にも向く。

なお、飛行機の車体広告にはこのフィルム貼り付け式は採用されていない。高速での空気抵抗や気圧の変化による車体の膨張収縮により、フィルムが剥がれ落ちる危険性があるため、塗装による広告掲載を行っている(一部、空気抵抗の小さい部分には、部分的にフィルムも採用している)。

 


ジャンボジェット機の機体広告
ジェット機の機体広告には、基本的に塗装で描かれている。気圧の差によりボディーが収縮膨張するため、フィルム貼り付けの方式だと剥がれ落ちるためである。

日本で最も乗降客数が多い新宿駅。2006年度では一日平均76万人が利用する。新宿駅は、乗り入れる路線が多く、駅前には百貨店が軒を並べ、駅の西側には高層ビル群が立ち並びビジネス街となっている。そのため、多くの人がこの駅を利用するのである。2番目に乗降客数が多い駅は池袋で、一日57万人が利用する。3番目は渋谷で、若者が集う町が上位を占める。以降、5位は、新幹線のターミナル駅東京駅。6位に駅前再開発で一新した品川駅。7位に古い時代からサラリーマンの街として名高い新橋駅と続く。

上位の殆どを占める駅を受け持つ山手線は、日本で最も多くの旅客を運ぶ路線でもある。つまり、山手線の車体広告は、全国の路線の中で最も多くの人の目に触れる路線である。

さて、この山手線の車体広告の価格はどれくらいなのだろうか。価格表を以下に示す。

山手線では、約1ヶ月間2編成に広告を掲載した場合、1500万円が必要なのである。なお、この広告料金には、印刷加工費、施工費、東京都23区への申請費、屋外広告協会審査料は含まれているので、広告のデザインさえ作成すれば、あとはこの料金でお任せ出来るのである。

しかし、この価格は個人ではとても出せる金額ではない。そのため、山手線では宣伝広告費に巨額を投じる事の出来る名の知れた大企業の広告が殆どを占める。

参考に、新聞の一面広告の料金は、日経新聞で約5000万円、4大誌(読売・朝日・毎日・産経)で、2〜4000万円とのことである。これと比べれば、電車の車体広告は安価であると感じる。

 

では、山手線以外の首都圏の電車では、価格はどうでしょうか。以下に首都圏の価格表を示す。

山手線では1千万円を超える料金となっているが、山手線以外の路線では百万円台である。山手線と比べると半額程度となっているが、それでも個人では手が出ない価格である。これらの路線は、都心に路線を持つものの、大部分が郊外を走行するため、宣伝効果的には常に都心を走行する山手線にはかなわない。

 

以下に首都圏の中吊り広告の料金表を示す。

中吊りも結構いいお値段がするのである。なお、表の「3線群」とは、以下路線図の水色の路線の事である。東京から、南は神奈川県の久里浜、東には千葉県の勝浦、北には茨城県の高萩までの広範囲なエリアとなっている。

この3線群で、平日2日間掲出の場合、440万円である。下図の首都圏広域に掲出出来る事を考えれば、車体広告より割安であるように思う。この広域の電車に掲出するため、広告の持込枚数は9400枚にも上る。

私も電車通勤しているので経験しているのだが、目的地までの電車の車内は結構時間を持て余すのである。新聞や文庫本を読む人や、携帯メールを打つ人、携帯型ゲーム機をする人、いろいろ時間潰しグッズを持っている人がいるが、ラッシュの車内では周りに迷惑を掛ける場合がある。私は、車窓からの景色を楽しんだりするのだが、車両の真ん中に行ってしまうと車窓も見えない。そんな時には車内の広告を見るしか無いのである。目的地までに、広告を隅から隅までゆっくり読んでも、数回くらいは繰り返し読める。

一瞬でも多くに人に見てもらいたい場合は車体広告、見てもらえる人は少ないが、じっくり見てもらいたい場合は中吊りと、広告の意図による使い分けが不可欠である。

 

JR東日本の電車広告は、子会社の「株式会社ジェイアール東日本企画」という会社が管轄して行っている。この会社、JRの子会社だからと言って、JRだけを扱っている訳ではない。JR以外にも、お台場に路線を持つ「ゆりかもめ」と「りんかい線」の駅・車両の広告業務も受け持っている。

それでは、JR以外の電車では、価格はどうなっているのだろうか。

 

ゆりかもめの車体広告料

東京のデートスポットや観光名所として名高いお台場。そのお台場地区への交通機関として利用される新交通ゆりかもめ。その車体は一般的な電車と比べて、車両の長さは半分以下で、6両編成という小柄な電車である。というわけで、当然広告を貼るスペースも小さく、車体側面は窓より下の部分にしか貼り付けられない。その代わりに、一般的な電車ではエアコンユニットやパンタグラフがあり、貼り付け出来ない屋根上にも、ゆりかもめでは広告を貼り付けることが出来るのである。

一日平均8万人が利用し、全線が高架上を走行するゆりかもめ。沿線には高層ビルや各施設が立ち並び、沿線から電車を目にする機会も多い。車体広告としての効果は、山手線にはかなわないものの、かなりの効果は上げられるのではないだろうか。

さて、下の表がゆりかもめの車体広告料金である。

JRと比べると、かなりの割安感がある。山手線で2編成4週間の料金が1500万円なのに対し、ゆりかもめでは1編成1ヶ月で80万円である。車両の長さが、山手線では11両で約220mなのに対し、ゆりかもめは6両で約50mである。編成長では山手線の5分の1であるが、料金は18分の1となる。

ちなみに、山手線では料金に含まれている印刷加工費、施工費、申請費は、ゆりかもめでは別料金となっている。

 


ゆりかもめの車体広告
前面と側面の窓下に貼り付けられている。この場所以外に、一般の電車では出来ない屋根上への貼り付けも可能である。

では、いちばん安価な電車の広告料金はいくらなのだろうか。JR東日本の子会社「株式会社ジェイアール東日本企画」の広告料金表一覧から探し出してみた。すると、下の表を見つけた。

 

この表から、釜石線・東北線を走る快速「はまゆり」の中吊り広告6日間掲出の4000円である。この料金なら個人でも十分対応出来る価格である。ちなみに、首都圏の中吊り広告の料金は、前述した通り平日2日間掲出で440万円である。この価格に比べれば破格である。

では、快速「はまゆり」は、どんな路線を走行するのだろうか。

 

快速はまゆりについて

快速はまゆりは、盛岡駅から花巻駅を経由し、釜石駅までの、全長125.5kmを運行する快速列車。東北新幹線との接続駅である盛岡駅(乗降客数:1日当たり18000人)を始発駅とし、花巻駅(同3300人)までは東北本線を走行。そこから釜石線に入り、釜石駅(同540人)までを、1日に3往復運転する。

車両にはキハ110系を運用。ディーゼル車両である。停車駅の中で、最も少ない1日あたり乗降客数90人の小佐野駅がある。

この車両への中吊り広告が6日間4000円である。編成当たり1枚の掲出であり、1日に3往復しか走らないため、あまり多くの人に見られる事はない。

実際に見に行っていないが、恐らくこの車両の中吊り広告は、地元の施設やお店の宣伝であろう。ポスターを15枚作製して持ち込めばいいので、個人経営の小さなお店でも広告を出せるのである。

ところで、この価格なら、私も何か広告を出してみようかなと、ふと考えてみた。私のホームページの広告を、快速はまゆりの中吊りに出せるのではないだろうか・・・。というわけで、電車広告を扱う、株式会社JR東日本企画に問い合わせたところ、「電車というのは公共性の高い空間なので、個人的な広告はお断りしております。あくまで鉄道を使うお客様を第一に考え、広告内容を審査させていただきます。ゆえに個人ではなくても、公共性の低い不適切な広告だと判断した場合は、お断りするケースもあります。」との返答。残念!


junLANDの中吊り広告デザイン案
個人でも十分手が出る価格の「快速はまゆり」の中吊り広告用に作成したjunLANDの広告デザイン案。中吊り広告の掲載には厳しい審査があり、公共性に欠く内容の広告は掲出出来ないのだ!


快速はまゆり
ディーゼル車3〜4両編成で運行。盛岡駅から釜石駅までを約2時間10分で結ぶ。下に、快速はまゆりの路線図を示した。